「古代ローマの料理の味が濃いのは鉛中毒で味覚が鈍っていたからでは?」という説がありますが、何処から鉛が入ったのか、そもそも本当に鉛中毒だったのか、そのあたりについて調べてみた試行錯誤メモ。
ネットで検索すると主に「水道管が鉛製」と「ブドウを煮詰めた甘味料を作る時に鉛を貼った鍋で煮ていた」「ワインの盃の内側に鉛」などの話が出てきます。なのですが出典がよくわからないな!という訳で探したところ、下記の論文が。
ワイリー・サイエンスカフェ
出版社Wileyの日本法人が、理工学分野の出版物について、役立つ新鮮な情報をお届けします。
ワイリー・サイエンスカフェ
Chemistry Viewsの連載エッセイ「サッカリンの物語」第4話 / 古代ローマで珍重された甘味料の危険な甘さ
鉛の危険性を知らなかった古代ローマ人がどのくらい鉛中毒にかかっていたのかについては諸説あり、例えば地球化学者のリアグ(J. O. Nriagu)は、1983年に発表した論文で古代ローマ人が摂取した鉛の量を推定し、当時の上流階級に蔓延した慢性の鉛中毒がローマ帝国の没落を招いた可能性があるとまで主張しました。
しかしその後の研究により、古代ローマの人骨に含まれる鉛の量は、近代人と比べてむしろ少なかったことが分かりました。古代ローマ帝国の没落の理由を鉛中毒に求めるのは、無理があるようです。
リンク先の全文に「ブドウ果汁を鉛でできた容器に入れて煮詰めたシロップ」についても記されているので、興味がある人はリンク先でご確認ください。
◆ネットで言われている鉛中毒説の大本の出所はおそらく
この論文が広まったものだと推測されます。
◆「古代ローマの人骨に含まれる鉛の量」について、何処でどのくらいの人数を調べたのかなと思ったのですが、翻訳前の論文を機械翻訳したところ、調査の概要が出てきました。
The possibility that large parts of the population in ancient Rome suffered from chronic lead poisoning has been a subject of considerable speculation. For example, the geochemist J. O. Nriagu, based on the consumption of wine sweetened with defrutum, in 1983 estimated a value for the mean Roman burden of lead, claiming [37, 38] that chronic lead poisoning of the upper classes in fact probably contributed to the downfall of the Roman Empire! This hypothesis was soon subjected to harsh attack [39], however, and analyses of 55 skeletons recovered from Herculaneum showed an actual lead content which was in fact lower than that characteristic of modern Europeans [40–42]. Apparently, the fall of the Roman Empire needs to be attributed to other causes.
The Saccharin Saga – Part 4 (January 5, 2016, Chemistry Views)
「Herculaneum から回収された 55個の骨格」が調査対象のようです。
あと鉛中毒説については、発表後すぐに激しい反論が出ていたらしい点も興味深いです。
◆Herculaneum(ヘルクラネウム)
イタリア南部,カンパーニャ州にある廃都。ギリシア名ヘラクレイオン。イタリア名エルコラーノ Ercolano。前6世紀頃にギリシアの植民地として築かれ,前 89年にローマの支配下に属したが,79年のベズビオ火山の噴火によりポンペイとともに埋没した。 1927年来の組織的な発掘調査によると,この古代都市は帝政ローマ時代の初期にヒポダモス式,すなわち方形プランの都市計画によって形成され,碁盤の目のように直角に走る道路がつくられた。さらに浴場や劇場などの公共建築物とともに,さまざまな形式の個人住宅が数多く並んでいた。
立派でオシャレなニュータウンだったようです。おそらく住んでいた人もそれなりの収入がある(上で出ている甘味料もそれなりに使えていたのでは?)と推測。
ローマの人々は鉛中毒ではなかった。これも諸説あるうちの一つではありますが、ヘルクラネウムという街の住民の分析結果が示されているというのは信憑性が高いのではと思いました。
メモ
……と、話がきちんとまとまったかのように思えた所で、別のページではこんな話も。
古代ローマ人は頻繁にワインをたしなんでいたことから、ワインの製造器具に鉛が多用されており、醸造過程で鉛が多く混入してローマ人の健康をむしばんだ可能性も指摘されている。実際、ヘルクラネウムで発掘された古代ローマ人の人骨からは高濃度な鉛が検出され、鉛中毒の被害が疑われた[25]。
http://www.wikiwand.com/ja/鉛中毒
[25] 金子 史郎『ポンペイの滅んだ日』東洋書林、2001年、pp201-202
鉛が出たのか出てないのかどっちだよ。というわけで調べてみた。
中央公論社95年刊の再刊。
ポンペイの滅んだ日―ベスビオをめぐるジオドラマ (中公文庫)
95年版の方にレビューがあり、そこには「後半で書かれていたローマを汚染する鉛中毒の考察は、ローマ帝国衰亡史に新たな一石を投じていると思う。」と書かれている。
他の感想も探して読んでみたところ、この本で「ワイン原因の鉛中毒の話」が切々と語られているらしい。もしかしてこの本がWEBのあちこちで見られる「鉛中毒説」の大本?
先に挙げた論文は2016年のもので、この「ポンペイの滅んだ日」は1995年の本なので参考にしたデータはもっと古い。書誌説明を見た感じだと1980年台のデータをまとめたものっぽいし、最初の論文にあった「地球化学者JO Nriaguは、1983年に上流階級の慢性鉛中毒についての仮説を出した」話とも合致する。
「ドキュメント」と銘打たれてはいるけれど、近年の分析調査とは異なる結果の資料を参照していたのかも、と推測。
または同じ資料を参照していても「高濃度の鉛が検出されるものが有り」と「古代ローマの人骨に含まれる鉛の量は、近代人と比べてむしろ少なかった(調査の大部分)」は両立していて、何処を切り取ったかで結論が異なっているのかも?
このページは「UPIアーカイブ 1983年5月31日」のものです。
Lead found in Roman bones
https://www.upi.com/Archives/1983/05/31/Lead-found-in-Roman-bones/7243423201600/
ページを機械翻訳して、結論部分を引用します。前の部分で「現在アテネに住んでいる人と、ヘルクラネウムの人骨で鉛の量の比較」という説明があります。
「Athenianの平均はHerculaneumよりも高かった」と彼女は言った。’アテネの混合層の平均リードは147ppmでした。Herculaneumは84ppmでした。
‘これはそれほどひどい数ではありません。しかし、私はそれから大きく逸脱した何人かの人々がいました。そして、これらは鉛に関する問題を抱えていたかもしれない人々でした。
2つは非常に高い量を持っていました – 2,790と6,350 ppm。6人が1,000から2,000 ppmのレベルを持っていました。
‘私は骨への鉛の吸収のメカニズムを完全には理解していません、しかしこれらの8人が彼らのシステムの中で鉛に関するいくつかの問題を抱えていたのは当然のことです。
「鉛に関するいくつかの問題は、何人かの人々にとっては時々存在していたに違いない」と彼女は言った。
「鉛水道管があったからローマ人の大多数が鉛中毒だった」というのは間違い。
しかし一部の人に関しては鉛中毒だった疑いがある。「それは身分が高い人が鉛の鍋で煮詰めた甘味料を食べたり、鉛を貼ったグラスでワインを飲んでいたからではないか」という仮説があるが、それの正誤を見極められるだけのデータは現在は無い、という状態。(鉛中毒らしい数値が出た人が身分が高かったのか?何が原因でそうなったのか?については決定的な物証がなく、仮説・推測の域)
その上で「鉛中毒のせいでローマが滅びた」は言い過ぎ、というのが現在の見方って事でいいのかなコレ。
ネットの記事を読んでいると「イタリア全土から発掘したローマ時代の人骨を調べると高濃度の「鉛」が検出」という説明をしている記事もあり、ソースはこの本らしいです。
この本のレビュー、なんかえらいことになっていた。
yahooのこのトピックがいろいろな説を挙げていて良かった。(疑問点がだいたい解説されている)
古代ローマ皇帝の狂気「鉛毒説」は本当?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10104377655
大雑把に言うと「皇帝が鉛中毒という説は各説あるうちの一つ」「研究家からはあまり支持されていない」「古代ローマ当時から鉛害については知られていた」等々。
とりあえず、求む資料。
【20.10.22追記】
こちらの記事について、こんな本があってこんな事が載っていますよという情報をメールフォームからいただきました、ありがとうございました!
毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで (サイエンス・アイ新書)
古代ローマの鉛中毒の件ですが、「齋藤勝裕著:毒の科学」によるとワインを鉛の鍋で煮ると酸味成分が鉛と化学的に結びついて甘い物質になるらしいですよ。よって料理に手間をかける上流階級ほど中毒になりやすい可能性があると。水道管は硬水のミネラルでコーティングされているのであまり影響はなかったのではとも書かれてました。
メールフォーム経由で穢土様より情報をいただきました
※イタリアの水は硬水。
返信用の連絡先は未記載だったため、こちらで御礼申し上げます。
ありがとうございました!
のちほど自分で本の内容を確かめて、自分でも追記しようと思います。