マハーバーラタの時代の料理はどんなものだったのかについて考えました、当時あったスパイス編。
本当は「チャラカの食卓」で扱われた再現メニューについても触れたかったのですが、現在2020.4.18時点ではコロナウィルス予防関係で図書館が閉鎖され、貸し出しも完全にできない状態です(再開時期未定、一応5月上旬予定にはなっていますが…)。
そのため今回の記事では、web上で「チャラカの食卓―二千年前のインド料理 (いんど・いんどシリーズ)」について扱っている記事をご紹介しつつ、紀元前のインドではどんなスパイスが使われていたかについてをメモします。
以前の記事で書いた内容についての補足です。記事を書いた後に調べたことをまとめました。
歴史上の大まかな流れ
◆唐辛子は中南米原産、コロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)以降にヨーロッパに渡る
◆1498年ポルトガルの冒険家ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を開拓し、最初のヨーロッパ人がマラバル海岸にやってきた(以降に唐辛子・トマト・ジャガイモ等のアメリカ大陸産の新食材が流入したと考えられる)
◆1526年ムガル帝国の初代皇帝バーブルが北方からインドを侵略(北インド料理に影響)。
◆唐辛子が伝来する以前の辛み付けの中心は、ペパーとマスタード。インドで唐辛子が使われるようになったのは16世紀以後(ハウス食品HP)
◆十五世紀(※編注、一六世紀?)の初めにポルトガル人がインドにやってくるまで、インド人は誰一人として唐辛子を見たことがなかった。(インドカレー伝 (河出文庫))
マハーバーラタ戦争の時代・その後叙事詩が編纂され成立した時代には、現在のインド料理にとって重要なスパイスである「唐辛子」は無かったと考えられています。
唐辛子やトマトがなかった頃(15世紀以前)のインドの料理はどんな味付け?
「当時のレシピ」はあまり残っていないようで、当時そのものを持ってくるのはちょっと難しいですが、現存している料理のレシピから当時の料理が推察されています(15世紀頃に入ってきた唐辛子や野菜は除外)。
「e-food.jp 世界の料理」内の「世界の古典料理&歴史料理」より、「インダス・カレー(レバーのターメリック煮)」の項目をご紹介します。
インダス・カレー(レバーのターメリック煮)|古代インダス料理 レシピ|e-food.jp
今ではカレーに欠かせないとうがらしですが、15世紀以前のインド・パキスタン文明、インダス文明の時代には、とうがらしのない=辛くないスパイス煮込み(いわゆるカレー)が存在していました。使用するスパイスはターメリックと黒こしょうだけ。今日のインドカレーの祖先ともいえる素朴な古代カレーのレシピをご紹介しましょう。
実際作ってみたい人は、リンク先に4人前のレシピがあります。上記のレシピは「ターメリック・黒こしょう・ニンニク・たまねぎ」が使われています。
レシピのなりたちについては記載がないのですが、おそらく現存している料理のレシピを参考にしたのではないかなと思います。
名前は「インダス」と古代文明を連想させますが、ターメリックがいつ頃から使われていたかは諸説あるのでご留意ください。(おそらく地域によっても異なる)
ざっくりいうと「唐辛子が使われる以前のスパイス煮込み(カレー)はこんな感じだったのだろう料理」と思っていただければ。
古代でも使われていたスパイス
上記より更に時代が下った料理、唐辛子が無かったと考えられる頃の話はこちらの本。
チャラカの食卓―二千年前のインド料理 (いんど・いんどシリーズ)。
チャラカとは2000年前のアーユルヴェーダの内科医であり、その著『チャラカ本集』は、いまなお、アーユルヴェーダの最も著名な古典でもある。奇才・伊藤武とインド料理家・香取薫によって「二千年前のインド料理」が蘇った。
本の目次や試し読みについては出版社のサイトでご確認ください。
下の方にスクロールしていくと「『チャラカの食卓』二千年前のインド料理」の紹介があります。序文部分をかなりの文字数読むことが出来るので、興味のあるかたはリンク先にて全文をご確認ください。
http://www.shuppansinsha.com/indo.html#indo7
インド料理といえば「辛い・黄色い」の印象がもたれるが、新大陸原産のトウガラシがインドで広く使われるようになったのはムガル時代後半、せいぜい二、三百年前のことだ。黄色をつくりだすスパイスのターメリックも、古代には料理には使われていなかった公算が高い。トウガラシとターメリックのないインディアン・ディッシュなんて、ちょっと想像もつかないではないか。
しかし、イスラムの侵略をはねかえし、いまもタントラの盛んな――いいかえればバラモン正統派の影響をあまり被ることのなかったカトマンドゥ盆地では、酒や漬物、肉料理など古代的な要素がしっかりと保存されている。現在のカトマンドゥの伝統料理から、トウガラシやトマトやジャガイモなど近世に加えられた食材を除けば、そのまま「チャラカ料理」になるのではないか、と思われたほどだ(プロローグ)より。
この本では2000年前にはターメリックも無かった、または料理材料として使っていなかったと推測しています。
[20.12.17追記]この本(2008年発行)では、現在残っている文献の記述から「2000年前はターメリックは使われていなかった」と推測していますが、2010年以降の発掘調査(紀元前・インダス文明時代の土器表面の残留物の成分分析)でターメリック使用の痕跡が見つかっています。
約2000年前の料理についての考察や、どういう経緯でレシピを再現したかについてなどをじっくり読んでみたいかたは、実際に読んでみることをおすすめします。
著者の香取薫さん・伊藤武さんのブログ記事
この本の著者の香取薫さんのブログ記事も合わせてどうぞ。記事下のコメントも一読をオススメします(講習の内容について触れています)。
古代インド料理の復元 2006年05月29日01:20
http://blog.livedoor.jp/curryspice/archives/50496756.html
同じく共著の伊藤武さんのブログより。興味深い話が色々と綴られています。
ラーマの食卓【伊藤武のかきおろしコラム】
『ラーマーヤナ』。敬虔なヒンドゥー教徒は5000年前の史実と信じて疑わないのですが、わたしはラーマの都とされるアヨーディヤーの考古学的資料から、3000年前を設定しています。ウパニシャッド哲学が現在進行形で語られている、後期ヴェーダ時代のことです。
FGO(TYPE MOON)の年表だとマハーバーラタ戦争は5千年前としていますが、出典はこの「敬虔なヒンドゥー教徒は5000年前の史実と信じて疑わない」なのかな?とも。
当時は肉食のタブーはまったくなく、今のインドからは想像もつかぬことですが、牛と馬の肉がたいへん好まれていました。
酒もタブーではなく、スラー(米のどぶろく)は先祖供養に欠かせぬ供物とされていました。
主食は、米と大麦。どちらもお粥にして食べることが多かったようです。
一部を引用しましたが、詳しくはリンク先の記事を読んでください。
「チャラカの食卓」についての感想記事
次の記事は「チャラカの食卓」についての感想と内容紹介です。本の内容に興味のある人は全文の一読をおすすめします。
使われているスパイス等々の話については引用の通り。
古代インドの料理
古典古代時代の文化について長年調べています。今回は古代インド料理の話です。
古代インドでは、肉や酢を今より食べていた、酒もいまより普通に飲まれていた、現代インド料理の主要スパイス、コリアンダー、クミン、ターメリック、レッドペッパー、ガラムマサラのうち、ターメリックとレッドペッパーは古代インドには無かった、ネパールや東インドでは比較的古代料理の風格が残っている、砂糖はなんとなく南米から入ったイメージがありましたが、古代インドにあった等々『チャラカの食卓』は非常に参考になりました。
文中に出てくる参考文献はこちら。
科学の名著 第Ⅱ期 1 インド医学概論 : チャラカ・サンヒター
実利論 下―古代インドの帝王学 (岩波文庫 青 263-2)
『天啓経』と訳される正統バラモンの間で作成されたベーダ聖典の補助文献のうちの一種。バラモンの行う祭祀はブラーフマナ文献のなかに規定されているが,ブラーフマナ文献のほとんど大部分は組織的でなく,冗漫で雑然としているから,その内容を簡潔に要約して祭祀を行うのに便利にしたものである。ベーダの各学派にあったが,現今では約 17種のものが伝えられている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
バラモンが司祭となって行う,大規模な公的祭式の規則を集めたもので,ベーダ文献から実用に必要な要点のみを抽出しており,古代インドの宗教儀礼を知るために不可欠の文献として重視される。
世界大百科事典 第2版
(リンク先の試読で目次とかなりの内容が読めます)
スパイシー丸山さんの記事
次に「カレー研究家・カレーマイスター講師 スパイシー丸山」さんのブログからチャラカの食卓について扱った記事をご紹介します。
全編興味深い記事ですが、引用しようとすると大半持ってくることになるので結論部分だけ。(リンク先でぜひ全文お確かめください)
2000年前のインド料理 チャラカの食卓!
2017-06-17 15:30:32
再現された古代カレーで使われているスパイスはブラックペッパー、マスタード、フェンネル、クミン、ヒング、長胡椒(ヒハツ)などですが、『チャラカ本集』と同時代に原形が成立したとされる『カウティリヤ実利論』によると他にも以下のスパイスが使われていたようです。
◆チャラカ本集→長胡椒(ヒハツ)、胡椒、ショウガ、ヒング、コリアンダー、クミン、アジョワン、カロンジ、フユザンショウ
◆カウティリヤ実利論→長胡椒(ヒハツ)、胡椒、ショウガ、ヒマラヤセンブリ、マスタード、コリアンダー、クミン、フェンネル、マジョラム、ワサビノキの茎、フェネグリーク
「チャラカ本集」や「カウティリヤ実利論」が成立した頃に使われていたスパイスが分かりました。ヨーロッパ人が持ち込むまでやはりインドには唐辛子は無かったというのがわかります。
並びに別記事。「インドでスパイスはいつごろから使われていたのか、その種類は」について。
こちらの記事の後半で「カレー/スパイスを使用している料理」がいつ頃からあったかについて推測をしていらっしゃいます。必要部分を全部引用すると記事の半分を超すので、詳しくはリンク先記事を直接読んでご確認ください。
※9世紀、8世紀、5世紀、インダス文明期の情報をまとめています。詳しくはこちら→https://ameblo.jp/maruyamashu/entry-12267059431.html
インドの カレーのルーツ!
2017-05-07 11:47:59
また、バラモン級の聖典「リグ・ヴェーダ」が編纂された紀元前1200年頃にはターメリック、フェネグリーク、ショウガやニンニクがすでに栽培され、料理にも使われていたとのこと。
胡椒やカルダモンも南インドでの栽培が確認されているようなんですね!
多くの資料を目にしてきた森枝氏によると、
「現在でも多数いる、ドラビダ系の人々が定着して、おそらく3000~4000年前には稲作をして、スパイスを石うすか乳鉢ですりつぶし、カレーのような料理を作るようになっていたことはまちがいないように思われる。」
とカレーのルーツを独自に分析されています。
これは、めちゃくちゃ興味深い考察ですね!!!!!!!!!
大まかに言うと、紀元前の古い時代からスパイスは料理の味付けに使われていたのでは、「リグ・ヴェーダ」が編纂された紀元前1200年頃からカレーの原型が合ったのでは、場合によっては約4500年前からスパイス料理は食べられていたのでは、という推測です。
こちらの記事の参考記事・文献はこちら。
2013.12.17
コーヒーブレイク
遺骨の歯石からカレーの材料、ターメリック、ジンジャーも発見されている。
従来は土中からフローティング法で種子を採取し植物の種類を調べていたが、最近はプラントオパール法と言って、植物の細胞に含まれる結晶で種類が分かる。
この方法で実際に古代人が食していた食物を歯石から直接分析し、カレー粉まで見つけたという分けだ。http://nagoyakochan.cafe.coocan.jp/CB/CB131217indasbunmei.html
大雑把なまとめ
上記のように各種の古代の文献から、当時はどんな食材があったのかが推察できます。
インドでは古代からスパイスの利用が盛んだったようです。(ただし食用なのか薬用なのかについてはまだ分かっていないものもある)
現在だと「カレー」という言葉で「インドのスパイス料理」は表現されていますが、古代のカレーはどんなものだったのか興味がわきます。