調べたこと

[メモ]へびつかい座の神話の「嘘つき」カラスについて古い本にさかのぼってみた

投稿日:2019-10-28 更新日:

へびつかい座の神話で、アスクレピオスの母コロニスは、カラスの報告が原因でアポロンに殺されてしまいます。

外国ではカラスは「本当のこと」を報告した話が主流のようです。(コロニスが浮気をしていたのは本当)

日本では、カラスが「嘘つき」だったり「早とちりした」(コロニスは浮気をしていない)という筋書きの話を多く見かけますが、それは日本ローカルの説なのかも?という疑問が出ました。

[メモ]アスクレピオス(FGO)/へびつかい座の神話について

 

このカラスの報告について。アポロンに「嘘」を報告した「嘘つきカラス」という記述についてどこから始まったのか、日本の古い本にさかのぼってみることにしました。

 

 

 

 

古い本にさかのぼってみた(昭和)

この「カラスの嘘」のエピソードですが、日本で1999年に発行された「星空の神々 全天88星座の神話・伝承 (新紀元文庫)」ではこうなっています。

カラスはたまたまコローニスが1人の男性と親しげに話しているのを目撃してしまった。カラスはあわててアポローンのもとに飛んで帰り、「コローニスが浮気をしていますよ」とアポローンに告げた(道草を食っていて遅くなったため、嘘をついたという説もある)

括弧書きになっていますが、1999年発行の本では水汲みの途中で寄り道していたからす座と混ざっています。

 

 

 

 

星座の神話―星座史と星名の意味 (1975年)

この混同された話、かなり昔から聞いた記憶があったので、更に古い星の神話の本をあたってみることにしました。

読んだのはこちらの本

元は1975年発行の本です。

アポロンは使いとして、また愛玩用としてこの銀白のからすを与えたが、このからすは、人間の言葉がわかる能力をもっていた。

ある日このからすは、コロニスが近くの若い男と親しげに話しているのを見て、さっそく主人のアポロンにそのことを告げたので、アポロンは怒って矢を射た。

(中略)

からすの告げ口を本気にして、怒り心頭に発して矢を射かけたアポロンではあったが…

この本の神話紹介ではからす座と混ざってはいませんが

・コロニスが話し相手と浮気をしていたかは明言を避けている(誤解と暗示している)

・カラスは嘘をついたわけではないが、不必要な告げ口をしたせいでアポロンが誤解した(カラスに責任がある)

という話になっています。

 

 

 

 

呉茂一「ギリシア神話(上) (新潮文庫)」(1966/昭和41年)

星座の神話―星座史と星名の意味」の参考として「古典神話およびその周辺」で挙げられている本。

呉茂一「ギリシア神話(上) (新潮文庫)」(1966/昭和41年)

※巻末の解説を見るに初版は昭和31年(1956年)らしい

 

ギリシア神話(上) (新潮文庫)」でのアスクレピオス(アポロンの項目内)の説明では「コローニスが尋常ではない様子で若い男と話していたのをカラスが見て急ぎ報告に戻ったが、アポロンは報告を聞くまでもなく全てを見通していた」と説明し、その後にこの文章を入れています。

しかし私は、むしろアスクレーピオスの社殿があったエピダウロスの仕人たちの言い伝えを取りたい。コローニスは、早まった鴉の告げ口で無実の罪を受けたのだ、と。

ギリシア神話(上) (新潮文庫) 呉 茂一 (著)」p166

この話が載っているのはどの古典(史料)かについて。参考文献について文庫本下巻に一覧が乗っていますが、洋書も含まれているのと量があるので、現時点では出典がどれかは自分は見つけられていません。

参考資料リストがあるのとエピダウロス関係というヒントがあるので調べやすいのではと思います。興味のある人は調べてみてください。

 

[メモ1]これかな…?なおリンク先のページは一度読んでおくと面白いと思います。

 エピダウロス

神殿のアスクレピオス像は片手を蛇の頭の上にかざしていたようです。
また『ギリシア費文集』第4巻にはアスクレピオス神が行ったさまざまな治癒の内容を刻した、エピダウロス出土の長大な碑文が収められている

http://www.janonet123.com/index/05_hebitte/05_hebitte_top.html

※詩人Isyllus wiki(英語)

※この中に含まれているのかよくわからないのですがメモとして、パッカード人文科学研究所の「検索可能なギリシャ語の碑文」へのリンク Searchable Greek Inscriptions

 

 

[メモ2] 同じく参考文献として挙げられていた「ギリシア・ローマ神話辞典 (1960年)」にはカラスの勘違い説の記述はありませんでした。

 

[メモ3]

ギリシア神話を学ぶ人のために」の「第5章 お喋り  3 大ガラス、小ガラス」の項目でカラスの「余計な告げ口」について触れている。

 

 

 

 

星の神話伝説集成 (1954年)

上で出した「星座の神話―星座史と星名の意味」の「星座神話関係」参考文献にあった野尻抱影さんの著書「星の神話伝説集成 (1954年)

 

星座の神話―星座史と星名の意味」参考書 説明より

本書を含め、わが国の星座神話書はほとんどどれもこの本に負っている

とのこと。

この本を確認してきました。…データベース登録本と書庫の現物が違うような?という紆余曲折があったのですがとりあえず結果オーライ。

 

結論を言うとこの本(1955/昭和31年初版)の時点で「ひどくおしゃべりで、うそつきだった」「口からでまかせに、コローニスはもうほかの男に心をうつしたといった」と星座の神話を紹介していました。

また「彼はヤーソンのアルゴー船遠征に加わって」ともあります。

「星の神話伝説集成」には参考文献一覧が載っていなかったため、記載の参考文献から遡るのはここまでとなりました。

※読んでみたい場合、似た名前の文庫本があるが底本が異なる簡略版なので注意。

 

 

 

 

更に古い本にさかのぼってみた(大正・明治)

呉茂一さんの「ギリシア神話」と野尻抱影さんの「星の神話伝説集成」は両方昭和31年です。

それより遡るのは難しいなあと思ったところで、これ以前の時代になるとそろそろ著作権の切れた本が、ということで。

国立国会図書館デジタルコレクション

こちらで「星座」とか「神話」で検索してみました。

下記の本、本文全体に興味のある方は上のリンクから移動して書誌名で検索してみてください。

 

 

国立国会図書館デジタルコレクションを「希臘」で検索すると、「希臘神話 ヂェームス・ボールドヰン 著[他] (富山房, 1909) 」等の古い本も引っかかってくるのですが、アスクレピオスに関する記載は無さそうな感じです(目次から推測)。

 

 

星  一戸直蔵 著 (裳華房, 1910/明治43年)

一戸直蔵 いちのへ-なおぞう

1878年8月14日 – 1920年11月26日 日本の天文学者、科学ジャーナリスト。このかたの本で星座の話を扱ったものが幾つかデジタルコレクションに収められていました。

★星 一戸直蔵 著 (裳華房, 1910/明治43年)

★趣味之天文 一戸直蔵 著 (現代之科学社, 1916/大正5年)

★趣味の天文 一戸直藏 著 (大鐙閣, 1921/大正10年)

蛇遣座ではアスクレピオスがヘラクレスを蘇らせようとしてジュピターの雷に撃たれ死んだ逸話が紹介されています。

烏座ではカラスがコロニスについて報告した功績で星座にされた話を紹介しています。

 

国立国会図書館デジタルコレクションより 趣味の天文 一戸直藏 著 (大鐙閣, 1921/大正10年)

 

国立国会図書館デジタルコレクションより 趣味の天文 一戸直藏 著 (大鐙閣, 1921/大正10年)

 

 

 

★希臘羅馬神話 延川直臣 著 (嵩山房, 1914)

星座ではなくギリシア・ローマ神話の本。この本ではアスクレピオスの項目があり生誕を扱っていましたが、カラスについては記載がありませんでした(理由を書かず、母は亡くなったとだけ)。

 

 

 

★天体旅行 (家庭自学文庫) / 永代静雄 著 (自学奨励会, 1918/大正7年)

蛇遣座は、蠍(座)に刺されて死んだヘラクレスを蘇らせようとしたアスクレピオスをジュピターが雷に命じて撃ち殺させた、という説明。
小さな烏座にコロニスの記述。「彼女の罪を報告」した功績でアポロンによって星座にされたという説明。

基本的には上の一戸直蔵さんの著書と同内容。

国立国会図書館デジタルコレクションより 天体旅行 (家庭自学文庫) / 永代静雄 著 (自学奨励会, 1918/大正7年)

国立国会図書館デジタルコレクションより 天体旅行 (家庭自学文庫) / 永代静雄 著 (自学奨励会, 1918/大正7年)

 

 

 

 

1923年付近

上で挙げた天文学者の一戸直蔵さん(著書の神話紹介では、コロニスの報告をした烏は嘘をついていないと記載)が亡くなられたのが1920年。最後の本が1921年。

1923年付近にギリシャの星の神話を日本の話と結びつけた話を載せた本「星座と其神話」「日本民族研究叢書. 第17」が出版されています。大正期に色々合った形跡が伺われます。

[メモ] この年に、水野千里著「天文童話・星座めぐり」が刊行された。(国会図書館に所蔵されているが、デジタルコレクションには入っていない)

http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/kenji/history/kenji_h4.htm

[メモ]

最近五年間邦文天文書一覽(一)  http://hdl.handle.net/2433/160303

最近五年間邦文天文書一覽(二) http://hdl.handle.net/2433/160316

鳥の星座 http://hdl.handle.net/2433/162335

https://ci.nii.ac.jp/author?q=水野+千里

 

 

 

★星のローマンス 古川竜城 著 (新光社, 1924/大正13年)

自力で遡れる範囲で「うそつきカラス」と記された本の最古はこの本でした。

デジタルコレクションを「ギリシア 神話」「希臘 神話」でも検索してみましたが、1924年以前にうそつきの烏が出てくる資料は見つけられませんでした(検索方法や単語を変えれば出るかもしれませんが、現時点では見つけられず)。

 

「この烏はいとお饒舌(しゃべり)で、時々は虚事(そらごと)をも言つた。」の記述あり。

国立国会図書館デジタルコレクションより 星のローマンス 古川竜城 著 (新光社, 1924/大正13年)

 

その一方で謎なのが、この本の烏座の神話の項目で「水汲みのお使いでウソをついたカラス」(カラス座・コップ座・水蛇座)の話が紹介されていないことです。

つまり、この本の「嘘つきカラス」は何処から来たのかよくわからないことに。

国立国会図書館デジタルコレクションより 星のローマンス 古川竜城 著 (新光社, 1924/大正13年)

 

ここまで蛇遣座に書かれていたヘラクレスを蘇生させようとするエピソードは蠍座の項目に移動。

 

この本の著者の方について、wiki等の項目がなかったので、論文(リンク先にPDF)と、個人のブログの項目をご紹介。

古川龍城と山本一清

http://hdl.handle.net/2433/164305

 

古川龍城を知っていますか

http://mononoke.m.asablo.jp/blog/2014/07/13/7387460

要約すると「元々は天文学者だが謎が多い人」この本など数冊の天文書を出した後に鳥類の学者に転身している。

謎。

 

 

 

 

 

★希臘羅馬神話 木村鷹太郎 著 (教文社, 1926)

星座ではなくギリシア・ローマ神話の本。この本ではアスクレピオスの項目があり生誕を扱っていました。

この本でカラスは「甚だおしゃべりで時々間違や失錯を來らすことがあり、叉時には虚言を云ふこともあつた」「烏は虚言を答へて」と書かれています。

あとこの本も、上で挙げた本のように日本の話を微妙に混ぜ込んでいます(古事記に記された○○とはこの神のこと、など)。

 

 

★ギリシヤ・ローマ神話と伝説 中島孤島 編 (大洋社出版部, 1938)

ギリシア・ローマ神話の本。この本では「ふとした間違ひから、まだアスクレピオスが幼い時分に、アポロンの矢にあたつて、死んでしまつた。」と、カラスがうそつきかどうかは書かれていません。(間違いがコロニスが浮気したことを指すか、カラスによって判断を誤ったか、明言していない)

「うそつきカラス」について、現在と同様に神話の本で全面的に採用されていたわけではなかったようです。

 

 

 

 

個人で可能な範囲で探した

以上を国立国会図書館デジタルコレクションで、わかる範囲で遡ってみました。

見つけられた範囲で読んだ感じだと、日本にアスクレピオスの生誕の神話が紹介された当初から話が混ざっていたのでは?感があります。

もっと古い、星に関する本もデジタルコレクションにありましたが、ざっくり見たところ星座の神話は載っていないので対象から除外しました。ネット非公開の本も複数あったので、そっちにもしかしたら何か載っているかもですが…。

 

これ以上の遡及は図書館で「1924年以前に発行の『ギリシア神話』『へびつかい座』『アスクレピオス』の神話が載っている本」のレファレンスをお願いするしかないと思います。

 

図書館に蔵書があったとしても大正~明治かそれ以前の本になるので、一般人が借りて読める気がしないので、司書さんに依頼するのが確実なのではと思います。(あとは神保町の古書店)

 

最初に本が出た時期「うそつきカラス」説が研究者の間で主流だったのか、遡るとまた別の本があるのか興味はつきませんが、一般人にはこれ以上遡るのは難しいので、この話はひとまずここまで。

 

 

[メモ]上記にも記したが、大正13年付近の天文の本のリスト(水野千里著)

最近五年間邦文天文書一覽(一)  http://hdl.handle.net/2433/160303

最近五年間邦文天文書一覽(二) http://hdl.handle.net/2433/160316

 

 

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