昔の料理 調べたこと

[メモ]インドの肉食禁忌の歴史

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マハーバーラタの時代の料理はどんなものだったのかについて調べているのですが、実際のメニューの話の前にNG食材つまり肉(肉食禁忌)の話について考えます。

この記事では現在のインドで広く取り入れられている菜食主義はいつ頃から広まったのかについて、以前の記事で書いた内容についての補足です。記事を書いた後に調べたことをまとめました。

[メモ]アシュヴァッターマン(FGO)の食べ物について

結論を先に言いますと「時代によって異なるので、FGOの英霊の時間軸や規範はいつの時代に基づいているのか、をどう解釈するかによって結果が変わります」。

 

 

 

 

「古代」は食べ物に関しての禁忌はあったのか?

現在のヒンドゥー教・ジャイナ教等の宗教では「浄・不浄」の概念から食べ物に対しての禁忌が存在します。

欧米のベジタリアンの考え方とは異なる「食べ物の浄・不浄の区分け」や、カーストによって何を食べていいか、現在はどれだけ実際守られているか、等々の話になると複雑で長くなるので、今回は「食べ物の禁忌がある」「肉食が禁忌」という範囲に留めておきます。

 

 

「古代(昔の食事)」と一口にいっても現在は2020年。

300年前(江戸時代)と、2000年前(古墳時代)と、紀元前(縄文・弥生時代)では話が異なってきます。

 

更には宗教上のルールについても複雑で、ヒンドゥー教が生活の中にない外の人間からするとわからないことが沢山あります。

理解の一助として、WEB上で参照できる論文がありましたのでご紹介します。

沼津高専・教養科・哲学 HP

「不殺生と菜食主義」(北海道印度哲学仏教学会会報、第18号,2004年5月,「窓」pp.12-15原稿)

沼津工業高等専門学校 教養科 教授 野沢正信

http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/c/husessho.html

[上の論文について補足]

※「水牛の肉の輸出量は増えているものの」牛(聖牛)と水牛は別物で、インドでは水牛は輸出用食肉として育成されている。ヒンドゥー教以外の人が就いている仕事とも聞いた。

※「殺されるところを見ることなく、聞くことなく、自分のために殺されたとは思われないという三種の条件」これは現代にも当てはまっていて、仏教の僧侶が出された肉を食べる場合はこの理屈を当てはめているようだ(宗派等にもよるので断言はできない)。

 

 

資料1

余談として、「カレー研究家・カレーマイスター講師 スパイシー丸山」さんのブログから現代のインドについての記事を一つご紹介します。

インドの牛肉消費量は世界4位

2011-09-01 15:56:35

https://ameblo.jp/maruyamashu/entry-11004444308.html

リンク先全文に詳しく書いてありますが、インドにはヒンドゥ教徒だけではなくイスラム教徒、(仏教徒、キリスト教徒、他)、が暮らしているため「インド」という国で括った場合、牛は食肉としても扱われている、という話。

アルコール関係も色々な例外があるようですがそれはまた別の機会に。

 

 

資料2

同沼津高専HPにて古代インドの宗教・思想についての概略が説明されているので、興味のある方はこちらもどうぞ。「マハーバーラタの概要」も綴られています。

インド思想史略説

第1章 ブッダ以前のインドの思想

第2章 原始仏教

第3章 インド仏教の発展

第4章 ヒンドゥー教

http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm

 

 

以上の資料から、「肉食禁忌」は「宗教上の思想によって広まった」ということがわかります。

思想の広まった時期については、上記の論文「不殺生と菜食主義」の説を取ると下記のようになります。2004年の論文ですが、現在でも大幅に論がひっくり返っているということはないと思います。(気になる人は最新論文を探して参照してください)。

ヒンドゥー教に限らず、仏教やジャイナ教の資料も参照した上で「インド全体」の社会規範についての推察となります。

ジャイナ教も、仏教よりはるかに強く不殺生を説きますが、初期では肉食を禁止していません。最古の聖典の一つ『アーヤーランガ』第四〇三節は、骨の多い肉、骨の多い魚は与えられても食べてはいけないと定めますが、骨が多くなければ食べてもよいことになります。一〇世紀頃に書かれた注釈書では、「骨」は「種」、「肉」は「果肉」などと読みかえられます。この頃には肉食忌避が徹底していたようです。

では、肉食忌避は、いつ始まったのでしょう? 前三世紀のアショーカ王の法勅には、生きものを殺すなという表現が印象的にたくさん出ます。その言葉遣いがジャイナ教の用語と似ていることは要注意ですが、目下の論題においてより重要なのは、単に殺すなというだけでなく、肉食忌避の考えが現れることです。ギルナールやカールシー、ジャウガダの岩石に刻まれた碑文には、宮廷で料理のために殺されていた何万もの動物を二羽の孔雀と一頭の鹿に減らしたが、将来はこれらも殺されなくなることが望ましいという願いが述べられます。肉食忌避が願われるということは、現実は肉食が盛んなことを示しています。

アショーカ王の法勅が肉食忌避を説いた最初ではありません。法勅はどこかで説かれていた教えを口火として点された燎火に喩えられるでしょう。『スッタニパータ』の韻文部分は前三世紀のアショーカ王以前の成立とされますが、その二・二三九-二五二は一種の肉食弁護論になっています。カッサパ(註釈は過去仏とします)が、とあるバラモンから、鳥肉を食べるくせに生臭い汚れたものを許さないと説くが、汚れたものとは何かと詰問されます。カッサパは、邪悪な生活が汚れたものであって肉食のことではないなどと答えますが、肉食しないことが人をきよめるわけではないともいいます。ここから、当時、肉食忌避に宗教的な価値を認める人々がバラモンあるいはジャイナの間にいたことがわかります。これがいわば口火でしょう。

では、肉食忌避が強くなったのはいつ頃でしょう?前二世紀から二世紀の間の成立とされる『マヌ法典』には、肉食に関する規定があり(五・二六-五六)、肉食を自然とする説、肉食を祭式などの条件付で認める説、肉食を全面的に否定する説が出ます。これら三説は肉食忌避が徐々に強まっていく歴史的変遷の跡を留めるという解釈がありますが、肉食自然説は、最古というよりむしろ肉食否定説が勢いを増した後に生まれたのでしょう。

『マハーバーラタ』一二・一五・二二にも、動物も植物もすべて人の命の糧で、人が生きるには殺生による肉食が不可避だという主張が出ますが、菜食主義がインドに広がって侮り難い勢いをもつに至った時、肉食の習慣を持つ人々が声をあげざるを得なくなって生まれた主張と思われます。

四世紀の成立とされる『大乗涅槃経』如来性品には三種浄肉も含めて肉食の禁止が説かれます。五世紀初めにインドを旅した法顕は、肉食が下層階級にかぎられていると記録しています。アショーカ王法勅の点した燎火は、着実に大きくなっていったようです。情報の寿命は媒体の重に比例するというメディア論の法則があるそうですが、岩に刻まれた願いがインドを不殺生と菜食主義へ導きつづけたといえるかもしれません。

 

「不殺生と菜食主義」

http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/c/husessho.html

 

上記から「前三世紀は肉食がまだ盛んだった(肉食忌避の考えが現れはじめている)」ということが推察されます。

 

前三世紀『スッタニパータ』の韻文部分の問答(前三世紀のアショーカ王以前の成立)。「バラモン:汚れたものとは何か」「カッサパ(過去仏):邪悪な生活が汚れたものであって肉食のことではない、肉食しないことが人をきよめるわけではない」当時、肉食忌避に宗教的な価値を認める人々がバラモンあるいはジャイナの間にいた。

前三世紀のアショーカ王の法勅で肉食忌避が願われる(ということは現実は肉食が盛ん)。

 

「マハーバーラタ」が編纂された時期(前二世紀~紀元二世紀ごろ)は「菜食主義がインドに広がって勢いを持っていたため、肉食の習慣を持つ人々が声を上げるようになっていた」

四~五世紀頃になると「肉食の禁止が説かれる。肉食が下層階級にかぎられている」という記録が出てくる。

 

 

 

肉は食べてたの食べてないの?

以前書いた記事と同様のまとめですが、ここまでの情報での結論は「個人の解釈に左右される」ということです。

 

どの時点を基準とするかで異なる規律

FGOに出てくるマハーバーラタの登場人物たちについて。「カルナやアルジュナは紀元前5000年を舞台とする伝説」とFGO本編内 シャーロック・ホームズ体験クエスト(2017/7/31実装)にて語られている。

マハーバーラタの物語が成立する以前、紀元前3世紀以前の「神話の時代に生きていた」と考えるなら「肉を食べていた可能性はある(むしろ高い)」。

※常食していたかどうか(祭儀用のみか、日常食か)、などは不明

 

FGOに出てくる「現在に伝わるマハーバーラタが成立した年代の戒律に従っている」なら(現代の人間のイメージによってそのかたちが規定されている英霊なら)「肉を食べない戒律が成立した頃なので、肉はNGかもしれない」。

 

その上で「召喚された現在(2019年~)のバラモンの戒律とか生活に従っている(都市部だとゆるい)可能性もある」。

 

 

FGO本編での食事の扱い

上記記述後のFGO本編中イベントにて、マハーバーラタが起源のサーヴァント達は「主人公・藤丸立香や、英霊エミヤ他が作る日本式カレー(推測)」を喜んで食べていると思われる表現がありました。

日本式カレールーには肉エキスや、ニンニク(NG食材の五葷の一つ)が含まれますが、それに対しての忌避感は持っていないとも推察できます。(『19.10.30セイバーウォーズⅡ』と『20.3.6アイアイエーの春風』でのカレーに対する反応参照)

『19.9.4パールヴァティー幕間』ではアシュヴァッターマンがブーディカのシチューを食べるシーンがありましたが、おそらく今の料理で言うところのアイリッシュシチューではないかと勝手に予想しています(伝統的にはマトンか子ヤギの肉が使われる、wikiより)。ブーディカさんの時代にその料理はあったのかと言われると何とも言えませんが(現在のレシピで入れている野菜がブリテン島に渡っていたのかという話になってくる。多分ない)。要するに牛や豚ではないだろうという予想。

 

どれだけバラモン教・ヒンドゥー教の規範が反映されているか、いろいろな解釈ができますが、FGO本編の扱いは「食べ物に関してはマハーバーラタ起源のサーヴァントたちは制限を持っていないようだ」と自分は感じています。(強いて言うなら神話時代の食関係の戒律成立前)

前の記事でも書きましたが、祭祀階級のアシュヴァッターマンが厳密に現代の戒律を守っている場合、おそらく食堂での食事が無理、下の階級のカルナアルジュナと一緒に食事無理、同階級かそれ以上の人が作った料理じゃないと無理(食べられるのは自作あるいはパ―ルヴァティ・カーマ・ガネーシャ等の神が厨房に立つ時限定になる可能性がある)、等々かなり行動の制限があると思われます。

(ただし、マハーバーラタにおいてアシュヴァッターマンやカルナの属していた陣営は階級による区別に関してはおおらかだったというエピソードがあった、筈)

 

 

まとめ

食事の規律の基準は大まかに言って「神話時代(紀元前3世紀以前)」「物語が成立した時代(紀元前後付近)」「現代(紀元前後には無かった食べ物が増えている)」「FGO本編での扱い」の4つが考えられると思います。

どれを採用するかは個人の好みなので、うちのカルデアはこう!とイメージを固めるお役に立てば幸いです。

 

なお「肉食禁忌」といっても西洋の「ベジタリアン」とは、食べ物に対する考えが異なるため、ベジタリアンの食事を参考に考えると色々とトラップにはまります。

(インドの場合は乳製品・卵などは肉食に入らない。ただし宗教儀式などで一時的に断つことがあったり、肉も浄性によって食べられるか区別されていたり、地域やカースト集団によってのローカルルールがあったりして、色々とややこしい)

 

 

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このブログの管理人のすずきです。
エジプトめしについて調べていたらなんだか項目がたくさんになったのでブログにしました。
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