調べたこと

[メモ]アスクレピオス(FGO)/その他のエピソード01

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ここまでの話に入らなかった細かいエピソードのメモ。

 

 

 

FGOアスクレピオスのデザインのモデル?

自分は全く知らなかったこちらの件 (olleyolley(@olleyolley3)様の紹介ツイートをお借りしました)。

 

アスクレピオスの個性的な前髪のモデルは、グリコンか!2世紀にアスクレピオスの化身として信仰された人面蛇身の神。アンカラのアナトリア文明博物館収蔵のグリコンの小像は、二筋に分かれた長い前髪が顔にかかっている。

Glykon

著者 Jona Lendering  2004; last modified on 1 December 2018.(2019.11.10アクセス)

https://www.livius.org/articles/religion/glykon/

上記記事にトルコ・アンカラのアナトリア文明博物館のグリコン像の写真あり

 

WikipediaのGlyconのページに掲載されている画像はルーマニア・コンスタンツァの国立考古学歴史博物館のグリコン像なので、トルコのグリコン像を参考にしてキャラデザインしたとすれば、すごくリサーチしたんだろうな。

 

このグリコン(グリュコン)という人面蛇。当時のルキウス・ウェルス帝(在位161-169)鋳造の貨幣にも刻印されていました。その他にもグリュコンの図柄は複数の皇帝の鋳造貨幣に使われていたそうです(138~238年頃まで確認されているので約1世紀)。

この「グリコン」について検索すると、近代でもルーマニアの切手やお札デザインに採用されていて人気の高さが伺えます。

 

その一方でグリコンについて調べると「アスクレピオス神の生まれ変わりと偽預言者アレクサンダーによって称されたブロンドのかつらの蛇」と出てきます。

このあたりの話については下記の本で触れられていたので紹介します。

 

 

この「偽物」説の出処は二世紀当時の文筆家(風刺作品も執筆)、ルキアノスによって書かれた「偽預言者アレクサンドロス」という作品だそうです。

 

 

癒しの民間信仰―ギリシアの古代と現代」のグリコンに関する部分をざっくりとまとめました。

人面蛇グリュコンは「新たなるアスクレピオス」として崇拝されていた。

 

ローマ帝政期の二世紀当時、アレクサンドロスという占い師が黒海南岸の町に現れ、150年頃「予言と癒しの神グリュコン」の祭祀を創設した。このグリュコン像はアテネからも出土していて当時の普及ぶりが想像できる。

これと同時期の二世紀。同世代の文筆家ルキアノスが180年頃「偽預言者アレクサンドロス」を執筆し、彼が担ぎ出したグリュコンについて仔細を記録していて、世情に便乗した「新興カルト」のひとつと説明している。この偽預言者アレクサンドロスが「新たなるアスクレピオス」という謳い文句でグリュコンを広めていた。

残っている記録が偽預言者と糾弾するルキアノスの記事だけなため批判的な視点になってしまいますが、現在はこの見方が一般的なようです。

 

これだけだと偽物を掲げたカルト宗教ですが、アテネのエレウシス大祭を模倣したグリュコンの大祭ではキリスト教徒への敵意、排除が叫ばれたそうです。

この頃は既にキリスト教が台頭していて、古い神話への信仰とキリスト教が対立していたのが伺えます。

癒しの民間信仰―ギリシアの古代と現代」によると、ギリシア正教の聖人の一人「聖パンデレイモン」の例が挙げられています。この「医療聖人」の聖人伝はアスクレピオスの信仰と対抗する内容になっていて、このことからも古い宗教との勢力争いが伺えます。

(この聖人は、幼い頃に出会った老司祭からアスクレピオスは実在しない、キリストの力添えがないと医者の技術は役に立たないと教えられた。その後彼はキリストに祈り十字を切るだけで死んだ子供を蘇らせ、噛んだ毒蛇は死ぬという奇跡を起こした、という逸話がある)

グリュコン自体の真偽とは別に、この人面蛇に「新たなアスクレピオス」というラベルが付けられたことで、古い神話を否定し勢力を伸ばしていたキリスト教に対抗するしるしとも考えられていたのかもしれません。

 

FGOでグリコン(グリュコン)の姿がモデルにされている理由について。歴史上のアスクレピオス信仰の最終盤の姿だったとも考えられるからでは、と推測しました。

「アルゴー船に乗っていたエピソード」と同じく信仰(能力)が最盛期の姿という考えで採用されたのかもしれません(推測)

 

 

グリュコンの信仰は1世紀以上続いたと考えられています。
FGOアスクレピオスのデザイン元ではと考えられる、前髪がクロスしたデザインのグリコン像はトルコ、アンカラのアナトリア文明博物館に展示されています。

像があるのはトルコですが、トルコの地元住民の間では「魔法の蛇」への信仰がまだ存在しているようです。

現在ではこのグリコンはどういう扱いをされているのかわからないのですが、デザインが近年でも紙幣に採用されているのを見るに、少なくとも当時の美術品として親しまれているのではと推測しています。

 

※おまけ デザインモデルと思しき「トルコ・アンカラのアナトリア文明博物館に展示のグリコン像」の写真ですが、「怪異創作コミュニティサイト『SCP Foundation』作中に登場するオブジェクト『SCP-596 』」(の写真)として使われています。なのでこの「創作ゲーム(ロールプレイ)」参加者には既知のデザインだったのでは、と推測。

https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/35597.html

http://ja.scp-wiki.net/scp-596

 

[メモ:グリュコンに関しての英語の記事]

http://wheremonstersdwell.com/2017/05/seeking-glycon-blond-haired-human-headed-serpent-bodied-and-very-talkative/

 

[メモ:偽預言者アレクサンドロスについての英語の記事

https://www.thoughtco.com/ancient-cult-leader-and-snake-puppet-4035020

 

 

 

 

 

 

 

 

トロイア戦争に息子たちが参加

終戦後に国に帰ろうとしたら10年かかった話が「オデュッセイア」。その前の出来事がトロイア戦争(「イーリアス」他)です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/トロイア戦争にかかわる伝説

2 前史
3 前史(その他関連)
4 トロイア戦争に至るまでの経過
5 トロイア戦争I(『イーリアス』以前)
6 トロイア戦争II(『イーリアス』)
7 トロイア戦争III(『イーリアス』以後)(この章の作成には、松田治による『タ・メタ・トン・ホメーロン』の日本語訳『トロイア戦記 (講談社学術文庫)』を参考にした)。

トロイア戦争はイーリアスという1つの話に全エピソード入っているわけではなく、細かい話があちこちに散らばっています。

 

このトロイア戦争にはアスクレピオスの息子二人が参加していました。ホメロスのイーリアスでは「アスクレピオスの息子、マカオン」と説明されています。

※なおイーリアス(ホメロスの世界観)ではアスクレピオスは存在していたが「人間の医者」という扱い。ケイロンの弟子なのは変わらず。

 

 

 

兄・マカオン

※兄・マカオン。弟とは年が離れているが大変に仲のいい兄弟だった(弟の父親代わりとも)。トロイア戦争に参加。活躍に関しては複数の説がある。

エウリュピュオス(トロイア勢、ヘラクレースの孫)がマカオンを倒したという説(イーリアス)。そのためエウリュピュロスの出身地のペルガモンのアスクレピオス神殿では、エウリュピュロスの名を唱えることは禁忌とされた話。

あるいはアマゾーンの女王ペンテシレイアに討たれたという話。

または最後まで戦死せずに木馬作戦に加わったとも言われる。(戦死ルート時は兄に代わり弟のポダレイオスが作戦に参加)

各エピソードの出典はwiki参照

※FGOではペンテシレイアに殺害された説は外されていると思われる。ペンテシレイアの特殊マイルーム会話ではアスクレピオスが甥のヒッポリュトス(姉妹のアンティオペーとアテーナイ王テーセウスの息子)を蘇生させた事のみに触れている。

※ホメロスの「イーリアス」では第十一歌で矢傷を受ける。「アスクレピオスの子マカオン」と記されている。

※マカオンの息子スフュロス(アスクレピオスの孫)が、アルゴスの聖所のうちもっとも重要な聖所の創設者という話がある(出典はパウサニアス「ギリシア案内記」二巻二三章4、とのこと)

 

 

弟・ポダレイオス

※弟・ポダレイオスは「イーリアス」よりも、以降の「トロイア戦記」(トロイア戦争終盤~戦後)に頻出する。

蘇る医神アスクレピオスの物語」の紹介によると、兄の戦死を嘆き帰路の船から身を投げて自死しようとするが、海辺に漂着した後に羊飼いとして暮らし、その土地の王の娘の病気を癒やし恋に落ちた後、アスクレピオスの息子と看破され二人は結婚を許され平和に余生を暮らしたということです(出典不明)。

※トロイア戦争後、帰路につく将校たちを乗せたギリシアの船は戦争時の罪のため神罰を受けて大半が沈み、帰郷しても不幸な最後を遂げた者も多い。ポダレイオスが船から身を投げたが無事に岸に打ち上げられたというのは神の加護で、神罰から逃れられたという話なのかと推測。

wikiの紹介では「戦争後、ポダレイリオスはポリュポイテースらとともにコロポーンに赴き、その地で死んだカルカースを葬った。さらにデルポイにやって来て、どこに住むべきかを問うたところ、天が堕ちてきても害がないところに住むべしとの神託が下ったので、小アジア、カーリア地方の、周囲を山に囲まれたケルソネーソスに移り住んだという」とある(出典未記載)。

上記の通りポダレイリオスについても複数の説があるようです。

 

 

 

 

 

娘たち

イーリアスではマカオン・ポダレイリオスという二人の息子のみが語られていますが、この息子たちも父と同じく人間の医者として書かれています。(息子たちも死後祀られるようになる)

 

娘についてはあまり情報がありません。「癒しの民間信仰―ギリシアの古代と現代」では「アスクレピオスの娘として造られた神々」と断言されています。

娘は三人~五人といわれています。

イアソー(癒やす女・治癒の女神)、アケソー(治療する女)、パナケイア(全快させる女・薬の女神)、アイグレ(輝く健康の女神)、ヒュギエイア(健康の女神)。

妻とされるエピオーネ(鎮痛・看護)も娘とされることも、ヒュギエイアが妻とされることもある。

※万能薬「パナケア」はFGOで敵ドルイドの「味方単体を回復させる」スキルとして登場する。

 

この「娘たち」が居る理由として興味深い説明がありました。

医神アスクレピオスがオリュンポス十二神やその他の神々と最も大きく異なる点のひとつに、息子や娘たちとひとつの「家族集団」を形成して、「一家総出」で平癒祈願者の施療に当るという「家族的雰囲気」を濃厚に漂わせていた点が挙げられる。その雰囲気が「癒し」を求める者の心を和ませ、緊張をほぐして安らぎを与えるという「サイコ・セラピー」の効果を伴ったと見られる。「アスクレピオス人気」の根源のひとつと言ってよいだろう。

癒しの民間信仰―ギリシアの古代と現代」P276より

喜劇「福の神」でも、アスクレピオスは娘パナケイアと共に現れて治療をしていました。

時代が下るにつれて「治療」の概念が「神のわざ」から「医術」になっていき、助手を伴うようになっていったのかもしれません。

 

 

 

 

 

花の神話

芍薬(シャクヤク)の神話。最初に結論「自分の知識ではよくわからない」。

芍薬のギリシャ神話、とされるアスクレピオスが出てくる話がありますが出典は不明。アスクレピオス関係の本だけでなく、wikiにも載っていません。
しかし「芍薬 神話」「peony mythology」で検索するとこの話に行き当たるという謎。(英語版のPeonyのwikiにも載っている)

 

・この話ではパイエオンの師がアスクレピオスとされている(この話ではアポロンの別名ではなく、独立した人間)
・パイエオンが芍薬で薬を作り神を助けたことに嫉妬して医術の神アスクレピオスが弟子を殺した、という話
・話のパターンによっては「パイエオンの薬に助けられて女神レトは双子の神であるアポロンとアルテミスを無事に生んだ」とある。そのパイエオンの師がアスクレピオスとなっている。
・パイエオンが作ったのは「出産中の女性の痛みを和らげる薬」とあって、これも出産に関わるエピソード。
・別のパターンだと「プルートー」を治療したとある(プルートーはローマ神話の冥界神)

・別の神話と登場人物が混同された?
・パイエオンが独立した別の神として考えられていた古い時代の話?

調べるにしても何処から当たればいいのかよくわからないため、メモとして記載。

 

 

医療の神Paean(パイエオン/パイアン)

元々は古代ギリシアの言葉でパイアン(アポローン讃歌)または神々の医師の名前(パイアンまたはパイエオン)として使われた。

癒しの神としてのパイアン
ホメロスの『イリアス』の中で、パイアンは神々の医師であった。しかし他の著者は、この言葉を癒しの神としてのアポローンの添え名として用いている。パイアンが単にアポローンの別名だったのか、それともまったく別の神だったのかはわからない。ホメロスもこの問題に何も答えを出していない。ヘシオドスはアポローンとパイアンは別の神とし、後の詩人たちもパイアンを独立した癒しの神として祈った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%B3

※すごい大雑把に説明すると、パイアンは古い時代の「医療神」だったが早いうちからアポロンの一面として同一視されていた。その後アポロンの医療神としての役割はアスクレピオスへと移っていった、という流れ。

 

 

 

 

 

ルキアノスの作品

二世紀の弁論家、文筆家ルキアノスは、グリュコン(別項目で説明)について述べた風刺作品「偽預言者アレクサンドロス」の作者です。

 

彼の最も知られている著作の一つ「神々の対話」には、アスクレピオスが出てくる話があります。(話は25節の短い話から構成されていて、そのうちの1つがゼウス・ヘラクレス・アスクレピオスの会話)

 

Lucianus(ルーキアーノス)作品一覧 (日本語訳 収録先記載あり)

https://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/users/user-15826/wiki/?eLearning/Greek/Lucianus

 

「神々の対話」(上記リストによると現状では岩波文庫版のみ?)ですが、国会図書館にないな???と思っていたら国立国会図書館デジタルコレクションの方に入っていたので、入手が難しい場合は国会図書館に行くか図書館送信参加館に行くことで閲覧できます。このシステムについての詳細は国会図書館のHP読んでね!

神々の対話 : 他六篇 – 国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1691728/1

 

[英語版メモ]

https://en.wikipedia.org/wiki/Dialogues_of_the_Gods

英語版wikiのリンクより。

★Lucian D. of the Gods, Translated by Fowler, H W and F G. Oxford: The Clarendon Press. 1905.

「15 (13). ZEUS, ASCLEPIUS AND HERACLES」

サモサタのルシアンの作品。ファウラー、HW、F G.オックスフォードによる翻訳:クラレンドン出版。1905年。

「神々の対話」の13または15節「ゼウス、アスクレピオス、ヘラクレス」

https://www.theoi.com/Text/LucianDialoguesGods1.html#15

 

ルキアノスに対しての評価「神の喜劇:ルキアノス対神々」

https://publicdomainreview.org/2016/03/23/divine-comedy-lucian-versus-the-gods/

 

 

 

 

 

 

名前の意味

アスクレピオスという名前の意味について。

 

イギリスの詩人、小説家、評論家のロバート・グレイヴズの「ギリシア神話」の説明では「つねにおだやかな」としている。

 

 

ハンガリー(現ルーマニア)の神話学者、宗教史学者のカール・ケレーニイの「医神アスクレピオス: 生と死をめぐる神話の旅」でも名前について触れられていました。

アスクレピオスとは「輝くもの」(アポロンの輝かしい方の位相)という意味が込められた名前、と解説しています。

以下は「医神アスクレピオス: 生と死をめぐる神話の旅」P49-50の記述の要約……要約できてない……。

アスクレピオスの母は「アイグラ(光り輝く女)」(別名で「コロニス」)と呼ばれていた。

この言葉は〈光〉や〈輝き〉をあらわすギリシア語のアイグレと同じである。

やがて彼女が生んだ子供に対してアポロンは、母親のアイグラにちなんでアスクレピオスという異名を授けた。(音律変化が不規則なのは前ギリシア期の起源を想定していて、古代地中海言語が影響したとされている)。

 

アポロンの異名の中には「アイグレ」から派生したものも見受けられる。

〈輝き出る〉という動詞に由来する〈アナペ〉という言葉があるが、この〈アナペ〉という名前の島で、アルゴナウテス(アルゴー船の乗組員)の目の前に〈アポロン・アイグレテス〉(「光のアポロン」が「輝いて」)出現する場面がある。

アナペ島では「アイグレテス」は「アスゲラタス」と呼ばれていた。

このアナペ島でのアポロンの異名の呼び方「アスゲラタス」に「アスクレピオス」が音韻的に関連するのである。

うまく説明できている気がしないので、詳しく知りたい方は出典元の本を読んでください。

 

 

 

 

 

 

最後に

他にも細かい話はあるのですが、そちらはまた機会があれば。

今回の記事は自分用のメモ帳のようなものなので、現時点で読んだ本の内容をかいつまんでメモしています。深く知りたい人は記事に併記している出典をあたってみてください。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございました!

 

 

参考文献メモ

※「癒しの民間信仰―ギリシアの古代と現代」は「ギリシア案内記」の記述を参考にしている箇所が多くて、やけに内容に詳しいなと思ったらギリシア案内記の翻訳者が「癒しの民間信仰」の著者の方だった。納得。

 

 

 

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このブログの管理人のすずきです。
エジプトめしについて調べていたらなんだか項目がたくさんになったのでブログにしました。
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