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[メモ]アスクレピオス(FGO)はどんな来歴の神か

投稿日:2019-10-18 更新日:

 

アスクレピオスはどんな来歴の神か

先の記事ではギリシャでの出来事を含めて総合的な時系列を紹介しました。

[メモ]アスクレピオス信仰についての年表(FGO)

 

 

この項目では「医神アスクレピオス: 生と死をめぐる神話の旅」に書かれているアスクレピオスの来歴をざっくりと紹介します。

この本ではホメロスの叙事詩の年代については「紀元前600年以前にホメロスやヘシオドスの文芸作品が創作」となっています。

 

紀元前1500年頃 テッセリア地方ではアスクレピオスの神話が成立していた

紀元前600年以前 ホメロスやヘシオドスの文芸作品が創作される。

紀元前600-400年 コス島の医師一族のあいだでアスクレピオスが始祖として崇拝される(ヒポクラテス)

紀元前500-300年 エピダウロスの聖域が最初に隆盛を迎えた時期

紀元前420年 アテナイにアスクレピオスを祀る末社が設けられる

紀元前291年 ローマにも末社が作られローマ帝国にも信仰が広まっていく

 

紀元前300-201年 ロドスのアポローニオスによって『アルゴナウティカ』(アルゴー船メインの物語としては最古)が書かれました。

この作品ではアスクレピオスは船の乗組員に名前はありません。ただし第四歌のアポロンの記述で『息子が死んだ時の話』が出てくるので、アルゴナウティカが書かれた時点で一般に知られていた神だったようです。

※物語として残っているのはアポローニオスの作品が最古ですが、これ以前にも(現在は失伝している)アルゴー船の物語が複数あったと考えられています。

※古い起源の伝説が大本と考えられていますが、現在では失われています。

 

アスクレピオスがアルゴー船の船員に名を連ねている「ギリシャ神話集 (講談社学術文庫)」の底本「ヒュギーヌス(紀元前64年頃~紀元17年)の『Fabulae』(神話集)」は、ローマでアスクレピオスの信仰が広まった後に書かれた物語です。

この作品は短いエピソードが連なる物語です(短い話が277ほど入っています。文庫版が384ページなので平均で1話1-2p前後)

この作品でアスクレピオスがアルゴー船を降りたタイミングを知りたかったのですが載っていなかった。多分どっかで穏便に降りたのだと思います(事故死した船員の名前は理由とともに記載されていたので)。

乗船時のエピソードについて。「異伝に属する」の但し書きで、ピーネウスが誤解によって盲目にした二人の子の目をアルゴー船に乗っていたアスクレピオスが治したという話を紹介している本もある(ギリシア神話(上) (新潮文庫))。

乗っていた、と書かれているものの目立ったエピソードは無いようです。

 

 

 

 

 

 

 

アスクレピオスのシンボルとしてよく使われる杖

まずはよく見かけると思われるこれ「羽の生えた杖に二匹の蛇」。

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

 

ケーリュケイオン

https://ja.wikipedia.org/wiki/ケーリュケイオン

ケーリュケイオン(古希: κηρύκειον, kērukeion)は、ギリシア神話における神々の伝令であるヘルメースの持物である。柄に2匹の蛇が巻きついている杖であり、その頭にはしばしばヘルメースの翼が飾られる。長母音を省略してケリュケイオンとも表記される。カードゥーケウス(ラテン語: caduceus, cādūceus、長母音を省略してカドゥケウス、伝令使の杖の意)ともいう。以下、カドゥケウスと表記する。

 

カドゥケウスは医術の伝統的なシンボルであるアスクレーピオスの杖と混同されるため、特に北米では、誤って保健医療団体や医業のシンボルとして用いられることが多い。しかしアスクレーピオスの杖の方は蛇は一匹だけで、翼が描かれることはない。

 

類似のシンボル
世界保健機関を始め世界各国の医療機関で用いられている、医の紋章である「アスクレーピオスの杖」 は本来ヘビが1匹の意匠。しかし、2匹の蛇が巻きつく杖のシンボルが「medical caduceus」という名で、欧米の医療機関の標章として、また、軍隊では医療部隊章として、広く用いられている。日本でも多数の医院で採用されており、カドゥケウスの名を冠した医療系のゲームソフトも発売されている。

羽の生えた杖と二匹の蛇は、実は伝令神ヘルメスの杖という話。

 

ヘルメスの杖とは別の話もあります。

古代フェニキアの治療神のエシュムン(Eshmun)は英語のwikiによると、アスクレピオスと同一視されていたという話が紹介されています。(活躍した時代も近く、紀元前1000年頃と考えられている)

 

 

エシュムンは主に治癒の神として信仰されており、特にフェニキア人の主要な都市国家であったシドンでは都市の守護神として崇められました。また生命の死と再生を司っているとも言われています。

シドンにはエシュムンの複合神殿があり、そこには礼拝者が儀式の前に沐浴を行うための石造の巨大な鉢と水路が用意されていました。エシュムンへ祈願して治癒が叶った者は感謝の印として、奉納品を水槽に沈めることが慣習でした。

エシュムンはもともと人間でしたが、美しい容姿のために女神アスタルテに見初められました。女神は彼を愛人とするためにどこまでも追跡しましたが、エシュムンはそれを恐れ、自分自身の性器を斧で切断しました。その傷が原因で彼は亡くなりますが、後悔したアスタルテによってエシュムンは冥府から引き戻され、神となったということです。

http://twr.g2.xrea.com/en/building/greek_religious_punic_eshmun_2rom_Hellenistic.html

 

このエシュムンのシンボルが「二匹の蛇が絡み合った杖」だったそうです。これがヘルメスの杖のカドゥケウスと混同され、現在では医学のシンボル、ギリシアの医神アスクレピオスの杖として「2匹の蛇の杖」が広まっているのでは、と考えられています。

アスクレピオスの杖は正式には「蛇が1匹」で「翼は付いていない」デザインですが、医療関係のシンボルとして2匹の蛇の杖が使われているのはそういった経緯のようです。

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

 

こちらのHPのアスクレピオスの項目の記述を読むと初見の話がぼちぼち出てきます。

 エシュムン神
エシュムン神については、不明な部分があるが、これを裏書きするような記録を紹介する。

それはギリシアの詩人パニュアッシスの書き残した記録で、 それによるとエシュムン神は、紀元前一〇〇〇年にさかのぼるフェニキアの神であり、 シドンの守護神であったこと、冥界からやってきた病気なおしの神様で、 シドンのエシュムン神殿は、しばしばアスクレピエイオン(アスクレピオス神殿) と呼ばれていたというのである。

シドンに埋もれていたエシュムン神のひとつのバス・レリーフは、 地中海をへだてたペロポネソス半島エピダウロスの神アスクレピオスとの連関という、 おもわぬ歴史の謎を秘めていたことになる。
http://www2u.biglobe.ne.jp/gln/soumon/yomu/yomu001/seishokigen/seishokigen030.htm

 

http://www.argonauts-book.com/eshmun.html (機械翻訳)

ESHMUN フェニキア人 c.1200 BCE からc.400 CE

サンチョニアトによると、シディクまたは明らかに家長であるノアである正義の男は、最初の船または船アルゴの建造者である7人のカビリの父でした: 8人目の兄弟が追加され、そこからエスムニと命名されましたが、アスクレピオスと呼ばれていました

 

フェニキア人は彼を「第8代」エズムンと呼びましたが、ギリシャ人は彼をアスクレピオスとして崇拝し

 

エシュムンは、レムノスとサモトラケの神秘的な神であるカベイロイ(カベイイリまたはカビリ)の1人と考えられていた。興味深いことに、フェニキアの伝説によると、カベイロイは後の神話家が最初の船の作成であるアーガスに割り当てたのと同じ偉業を担いました。これは後にこれらの神々をアルゴノート神話に含める理由です。

 

エシュムン神の他にも、アスクレピオスと関係があるのではと考えられる神が居るようです。

また、別系統の神話というと、聖書系の本にもアスクレピオス信仰の関係で何かしらの記述があるかもと思っています。良い話とは限りませんが…(未着手)。

 

 

 

 

 

エピダウロスの医療神域ではどういう信仰と治療が?

アスクレピオス信仰の聖域「エピダウロス」について。ここで信仰が盛り上がった後、アテナイやローマへと信仰が広がっていきました。

元々はアポロンを祀っていた神域でしたが、アスクレピオスの神域になったそうです。

(治療神パイエオン→パイエオンがアポロンの治癒神としての側面とみなされる→アスクレピオスに治療神の側面が移る)

https://ja.wikipedia.org/wiki/エピダウロス

伝承によれば、アポロの息子で名医のアスクレピオスが生まれた場所であるとされる。

もともとこの地域ではアポロ・マレアタス (Apollo Maleatas) (アポロと英雄マレアタスが習合された神格)が崇拝されており、丘の上の神殿もアポロ・マレアタスに捧げられたものであった。ミケーネ文明の紀元前13世紀頃、ティリンスとエピダウロスを結ぶために建設されたアルカディコ橋(別名カザルマ橋。エピダウロス市域に含まれるアルカディコ (Αρκαδικό Αργολίδας) に所在)は、現在も使用されている橋としては世界最古のもののひとつとして知られる。アポロ・マレアタス信仰が衰えた紀元前6世紀頃、アスクレピオスを崇拝する人々がこの地を聖域とした。

エピダウロスのアスクレペイオン(アスクレピオスの聖域)は、古典期のギリシャ世界においてもっとも祝福された医療の中心地となり、多くの病者たちが治癒を祈って集まった。正しい治療を見つ けるために、患者たちは enkoimeteria という大きな寝室で一夜を過ごした。夢の中に神があらわれ、患者が病気を治すために何をすればよいのかを告げるという。聖域の遺跡では、160部屋あるゲ ストハウスが見つかっている。遺跡の周辺には、治療に用いられたかもしれないいくつかの鉱泉が存在する。

アスクレペイオンはエピダウロスに繁栄をもたらし、紀元前4世紀~紀元前3世紀には、記念的建築物の建設や拡張など、野心的な建築計画が実施されている。名高い野外劇場や、儀式を行う際の宴会場、浴場、競技場などである。名声はヘレニズム時代にも続いた。

 

研究者の藤村シシンさんいわく。

やっぱりみんな健康ランドって思うんだ…(自分も思った)。

 

エピダウロスの医療神域に残る石版の碑文について。研究者の藤村シシンさんのアスクレピオスに関する話のTogetter(2014-06-28~)があったので、リンクを貼っておきます。

医神のカルテを読む~『アポロンとアスクレピオスの治療録』に見る古代ギリシャの尿道結石、薄毛の悩み

エピダウロスの医療神殿に建つ『アポロンとアスクレピオス神による治療録』を実際に読み、そこから見えてくる古代ギリシャの医療事情を語っています。 (古代ギリシャ史、ギリシャ神話が専門の藤村氏による「#神々のカルテを読む」タグを纏めさせて頂きました。)

こちらのTogetterの内容については「藤村シシン氏の著作『古代ギリシャのリアル』内(第3章)にさらに詳しいカルテ内容が載っています。」とのこと。

古代ギリシャのリアル

 

古代ギリシャと言っても時期は長く、この本では「アスクレピオスが信仰されていた頃の生活」が主だと思います。

(アスクレピオスが『居た?』のではと仮定される時期はミケーネ文明以前)。

詳しくは古代ギリシア文化関係の本を読んでね!

 

 

 

 

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