最近言われている「アスクレピオスは歌が上手い(と『アルゴナウティカ』に書いてあった)という話」について。
この「エピソード」と「掲載されている古典」について疑問を持ったので調べてみました結果メモ。
※「アスクレピオスは歌がうまいと航海日誌に書いてあった」という攻略サイトへの投稿はデマということでほぼ結論が出ていますが、デマという情報が回っていない人への補記としてメモを書きました。デマと確定した理由については当記事の後半に記載しました。
※検索で「歌のエピソードは『アルゴナウティカ』が出典だと言っている」という話を見かけたのですが、そちらは何処から来た話なのか自分にはわかりませんでしたが、備忘録として書いておきます。
自分は現時点ではアルゴー船関連エピソードを集めきれていないので、歌のシーンが出てきた書籍が見つかりましたら教えてください。
どの英霊でもそうですが「史実ではなく、TYPE-MOON世界での設定」「『現在の人間のイメージによって再定義された』英霊」です。
また、学説や資料によって「史実」と考えられる事象が異なります。日々新たな発見もあります。この記事については、こういう考え方もあるのか程度に受け取っていただければ幸いです。
皆様各々で各種資料を参照して補強しつつ「うちのサーヴァントはこう!!」というイメージ固めや創作のお役に立てば幸いです。
目次
- 今回何があったか
- アルゴー船のメンバーについて
- 「アルゴナウティカ」って何?
- なら、アルゴー船メンバーで歌や竪琴と言うと?
- アスクレピオスが居たり居なかったりするのはなぜ?
- 二次創作のアスクレピオスは歌がうまいはアリ?なし?
- 今回のデマ元について
- ここまで調べた事についての自分の考え
- まとめ
今回何があったか
前提・何かあったか
1.攻略サイトのキャラクター毎のコメント欄に「自分が調べた結果、アスクレピオスは歌が上手いとイアソンの航海日記に書いてあった」という趣旨の書き込みがあった
この書き込みをした人物(既知のコメント欄荒らし)は、サーヴァント20名のコメント欄に「調べた」「伝説がある」という前文で自分の二次創作を次々書き込んでいる人物だった。
2.その書き込みをサイト閲覧者が「本当のこと」と思いスクリーンショットを撮ってツイッターで広めた
3.その後、古典「アルゴナウティカ」に「アスクレピオスが歌っているシーンがあったと思う」という発言をする人が現れた(らしい。自分は未確認)
今回の問題点
攻略サイトの掲示板には荒らしがいるが認識されていないため、出典不明の情報を頭から信じる人がいる
アルゴナウティカではアスクレピオスはアルゴー船には乗っていないにも関わらず「アスクレピオスの記述がある」という原典に対してのデマを誘発した。
この出来事で歌が上手というネタが二次創作で使いづらくなる可能性がある
この後の本文で説明すること
1 アルゴノーツやアルゴナウティカ(ヘレニズム期の文学作品)についての用語説明など
2 デマ常習者の書き込みについてと、どう広がっていったか
アルゴー船のメンバーについて
まずはFGOで採用されている「アスクレピオスはアルゴー船に乗っていた」というエピソードについて。
アルゴナウタイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/アルゴナウタイ
アルゴナウタイ(古典ギリシア語:Ἀργοναύται, Argonautai)は、ギリシア神話においてコルキスの金羊毛を求めてアルゴー船で航海をした英雄たちの総称である。
ギリシア語の Ἀργοναύται は「アルゴーの船員」を意味する Ἀργοναύτης(Argonautēs, アルゴナウテース)の複数形である。
ラテン語では Argonautae(アルゴナウタエ)、
英語では Argonauts(アーゴノーツ)。
アルゴー船の乗組員
アルゴナウタイの数は約50名であったといわれる(シケリアのディオドロス『歴史叢書』は54名を挙げ、
ロドスのアポローニオス『アルゴナウティカ』は55名を挙げ、
ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』は64名を挙げ、
ガイウス・ウァレリウス・フラックス『アルゴナウティカ』は52名を挙げる。)
が、ツェツェース (John Tzetzes) (およそ1110年 – 1180年)のように100名の名を挙げる例もある。
アルゴナウタイの神話は、原典資料やこれを扱った研究資料によっても異説が多い。
このwikiの記事ではアスクレピオスはアルゴー船の乗組員として挙げられていません(リンク先の乗組員一覧参照)。
しかしアスクレピオスの項目を参照すると参加したという話が記載されています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/アスクレーピオス
ケイローンのもとで育ったアスクレーピオスは、とくに医学に才能を示し、師のケイローンさえ凌ぐほどであった。やがて独立したアスクレーピオスは、イアーソーン率いるアルゴー船探検隊(アルゴナウタイ)にも参加した。
つまり、アルゴー船関係の古典本のどれかに乗組員として名前が出ています。(自分は現時点では調べ中です)
日本語に訳された本でも、アルゴー船の乗組員にアスクレピオスの名前がある本が幾つか有るそうです。
これについて情報をいただきましたので追記致します。
お疲れ様です、分かりやすい解説本当にありがとうございます。デマであると発言したものの1人です。尚アスクレピオスがアルゴノーツの一員である、というのはこちらを参照致しました。ギリシャ神話集 (講談社学術文庫) 講談社 https://t.co/se8wFdKo3F
— 固定ツイ参照してください (@0_shibori) September 27, 2019
>アスクレピオスがアルゴノーツの一員である、というのはこちらを参照致しました。
アルゴー船の物語は人気があったので物語のバージョンが複数あります(古典の人気ある物語はそういう事が多いです)。なので1つのエピソードでもA本とB本では途中経過や結果が違うということもしばしばあります。
探せば「歌のエピソード」自体は(日本語未翻訳本含めて)何かの本にあるのかもしれませんが、今回は「アルゴナウティカに載っていた」と明確に書誌名が挙げられている件について確認します。
「アルゴナウティカ」って何?
https://ja.wikipedia.org/wiki/アルゴナウティカ
『アルゴナウティカ』(Ἀργοναυτικά / Argonautika)は、紀元前3世紀にロドスのアポローニオスによって書かれた叙事詩。ヘレニズム時代の叙事詩では、唯一現存しているものである。
※ホメーロス(オデュッセイア/一番有名と思われるアルゴー船の物語の作者)よりは後世の人
上記で、アルゴー船は話によって人数やメンバーが違うという話をしましたが、この作品のアルゴー船にはアスクレピオスは乗っていません。そのため「アルゴナウティカにアスクレピオスの歌が上手いエピソードが載っていた」という話は根本的に「無い」「勘違い」ということになります。
なら、アルゴー船メンバーで歌や竪琴と言うと?
アルゴー船メンバーで歌や竪琴と言うと、亡くなった恋人のために竪琴を手に冥府へと旅をしたエピソードで有名な竪琴の名手・オルフェウスです。
(2部5章先出しイラストでもこの人オルフェウスでは?と囁かれている立ち絵がありますが真相は如何に)
オルフェウス
https://ja.wikipedia.org/wiki/オルペウス
アポロドーロスによれば、ムーサイのひとりカリオペーとオイアグロスの子として、ただし名義上の父親はアポローン神として、オルペウスは生まれたとされる。
竪琴の技はアポローンより伝授されたともいう。その技は非常に巧みで、彼が竪琴を弾くと、森の動物たちばかりでなく木々や岩までもが彼の周りに集まって耳を傾けたと言われる。
オルペウスは、イアーソーン率いるアルゴー船探検隊(アルゴナウタイ)にもヘーラクレースらとともに加わった。人間を歌で誘惑し殺害する女魔物セイレーンに歌合戦を挑み一座を鼓舞、無事に海峡を渡った。
「アルゴナウティカ」が出典だというのなら、彼のシーンを誤読したのでは?という憶測が出ています。
なおこちらの本にオルフェウスが居てアスクレピオスが居ないという説明の一つとしてアルゴナウティカ (講談社文芸文庫)のレビューを一つ引用します。
英雄イアソンが金毛の牡羊の毛皮を取りに行くという物語はおひつじ座に、ヘラクレスはヘルクレス座に、カストルとポリディクスはふたご座に、オルフェウスはこと座に関わりがあり、アルゴ船は廃止されてしまったアルゴ座として冬の夜空に面影を残しています。この叙事詩を読めば太古の夜空に描かれた物語の人物たちの表情が、今までと違った輝きで目に映ることでしょう。
琴座のオルフェウスは名前を挙げられています(乗船)、一方へびつかい座のアスクレビオスは挙げられていません(不在)。
余談ですがアルゴ座は廃止されましたが「りゅうこつ(竜骨)座」「ほ(帆)座」「とも(艫)座(船尾に当たる)」「らしんばん(羅針盤)座」に分割されて南天の空に輝いています。
アスクレピオスが居たり居なかったりするのはなぜ?
アスクレピオスは元々はテッセリア地方の神で、紀元前1500年頃にはアスクレピオスの神話が成立していました(大雑把な説明)。
その後徐々に信仰の地域は広がり、紀元前420年にアテナイにアスクレピオスを祀る末社が設けられます。
更にその後の紀元前291年、ローマにも末社が作られ、ローマ帝国にも信仰が広まっていきます。
アルゴー船に言及した作品で、現存する中では最も古いのがホメーロスの『オデュッセイア』(紀元前8世紀、紀元前800~701、頃)です。この作品ではアスクレピオスはアルゴー船に乗っていません。
同作者で、作中時系列では「オデュッセイア」の前に当たる「イーリアス」にはアスクレピオスの息子二人が戦争に参加しています。
自分の予想ですが、アスクレピオスの信仰や人気が高まるにつれて「息子が一連の出来事に参加してるなら、本人も何処かに参加していたのでは」的な解釈をするバージョンが生まれて、数あるバージョン違いの中に「あの人気の医神アスクレピオスも実は船に乗っていた」パターンが生まれていったのでは、と思います(推測)。
アスクレピオスが乗船していたバージョンの底本がいつ頃(信仰がどれくらい広まった頃)に書かれたものなのか気になります。
(今回はここまで)。
二次創作のアスクレピオスは歌がうまいはアリ?なし?
「アスクレピオスは古典由来の『歌が上手いという記述』があった」という話はデマでした。
しかし、歌が上手そうな要素はたくさんあります。
*アスクレピオスはアポロン(詩歌や音楽などの芸能・芸術の神として名高い)の息子
*アスクレピオスの神域には隣接して野外劇場が設置されたりしていた
(すごく大雑把に言うと、健康ランド的なリラックスできる「癒しの聖域」の施設が設置されていてそこで治療を受ける。超大雑把な説明なので詳しくはエピダウロスの項目を読んでください)
*そういった信仰だったので、本人が歌って患者を癒やしても問題ないよね(オタク特有の飛躍した理論)
というパーツがあるので、二次創作では歌が上手いにちがいない解釈も十分に可能だと思います。つまり誰でも思いつく可能性のある設定です。安心して作品を作ってください。
そして二次創作なので「実はカラスのような歌声」でも全く問題ないと私は考えています。今回の件は気にせず、みんな自分のイメージで自由に作品を作って欲しいと願っています(財布を取り出しながら)。
今回のデマ元について
「アルゴナウティカが出典説」については上記の通り「アスクレピオスはそもそも乗っていない。オルフェウスの話を誤読した?」で解決しました。
が、一番最初の「アスクレピオスは歌が上手かったらしい、イアソンの航海日誌に書いてあった」という話は「誰も出典を見たことがない」「当時に航海日誌の概念や、日誌の記録手段があったか疑問」「『星の海』という宇宙の概念があったか不明」なため、当初からソース無しの怪しい情報扱いとする人が複数見られました。
このデマ情報の出処と、コメント投稿者について記載しておきます。
(デマ投稿者はデマ文章投稿の常連という情報もあり、自作の創作文を複数のサーヴァントのコメント欄にほぼ同日に連投しているため、デマと断言しています。)
デマ元 ゲーム攻略サイトの一般投稿欄
appmedia/【FGO】アスクレピオスの評価 コメント欄(2019/9/15頃)
※投稿された文章のスクリーンショットをツイッターに掲載した人が居て、そこからデマが広まった。
問題の投稿者が書き込んでいた「自作の『伝説』書き込み」をグーグル検索やコメント欄での指摘を元に探しました。
「カルナ、玄奘三蔵、アスクレピオス、沖田総司、モードレッド、オジマンディアス、アルトリア・ペンドラゴン、シャーロック・ホームズ、ナイチンゲール、ニコラ・テスラ、エルキドゥ、イスカンダル、アナスタシア、坂田金時(狂)、アビゲイル、イシュタル、セミラミス、ブリュンヒルデ、フランシス・ドレイク、アルテラ」
などのコメント欄への書き込みが確認できました。デマ常習という情報があるので、検索に引っかからない形式での書き込みがまだあると考えられます。
見ての通り今回は同時に相当数(20箇所)のコメント欄に自分が創作した「伝説」を書き込んでいるのがわかります。どれも「調べた」「伝説」という言い回しで、読んだ人が誤解するように誘導しています。
他サーヴァントのコメント欄と併せて読むことで、意図的にウソを作り連投している投稿者な事がわかります。
デマ文章に付いていたコメント曰く「ほかの掲示板でもフェイク書いてる釣り師」とのこと。なのでコメント欄常連の人からすると「またお前か(スルー)」扱いなようです。アスクレピオス以外のコメント欄に書かれた内容もすべて荒唐無稽で、普通だったら信じる人は居ないような内容でした(大抵無視か「そんな訳はない」という否定コメントが付いていた)。
アスクレピオスのコメント欄への書き込みについては「当初否定する人が居なかった」「スクリーンショットで広めた人が居た」「ソースがないことを怪しむ人も多かったが信じる人も一定数出た」「広まったあと内容に関して、歴史資料に載っていたと発言する人が出た(らしい。未確認)」と芋づる式にデマが拡大した事で今回の騒ぎに至ったようです。
ここまで調べた事についての自分の考え
今回、ただの勘違いエピソードが拡散されただけかと思い調べていたところ、予想もしていなかった「デマを投稿するのが目的」という「攻略サイト投稿者」が居ることを知りとても驚きました。
昔から匿名掲示板等でデマ投稿が行われていたと思うのですが、そういった場所の書き込みは警戒する人でも、攻略サイトのコメント欄はあまり警戒していないのかなと思いました。
キャラクター個別コメントを全部チェックする人は多くないだろうし、デマを書き込んでもバレにくい環境なのではと思います。だから読む側が気をつけなくてはいけない(騙すつもりのデマもコメント欄には入っていると認識するようにする)と思いました。
今回のデマに付いていたコメントでこういうものがありました。
「疑ってる訳じゃないけどソース貼れって流れでデマだと言うんならそっちもソース貼ってくれ 無いもの探すの本当に大変だから……」
デマと言うならデマと証明する証拠を出して、というコメントですが、各デマに逐一この記事のような「証明」を求めるのはナンセンスだと思います。(自分は好きで調べていますが、普通は手間がかかりすぎる)当人も「調べるのが大変」と言っています。
自分でグーグル検索で「アスクレピオス 歌」や「イアソン 航海日誌」で検索するだけで「何も出てこない」のがわかります。
判断に困った場合、まずは自分でもできる範囲で調べてある程度の判断をしたほうが良いと思います。
まとめ
「史実」のように見せかけた正誤不明・トンデモ説はたくさんあります。それらを「萌えネタ・二次創作用」として覚えておき、創作と分かって使う分には別に問題ないと私は思っています。
ですが起こりうる事故として「史実」「歴史」「過去からずっと伝わっている(伝説)」と勘違いして覚えた結果「根拠のない話を調べず信じて、間違った知識を他人に広める行為」には可能な限り気をつけて欲しいと思っています。
「古典に載っていたエピソードと銘打たれたデマ」は、後にFGOを知らない人が調べ物をする時に「突然わいた説・根拠不明」のノイズとなってしまう。今回自分がこの記事を書くために調べたような作業が今後の研究者に発生してしまう(デマをデマと証明しなくてはいけない)。
その結果として通常の研究している人などに迷惑をかける(ライトファン全体が迷惑な存在と認識される)可能性があると考えています。
歴史研究という分野とは真面目に向き合いたい。創作は創作、歴史資料は歴史資料として扱ったほうが良いと自分は考えています。
今回は調べていて驚いた事、考えたことをまとめました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。